ページの先頭です

共通メニューなどをスキップして本文へ

キーワード検索

あしあと

    青葉の季節に寄せて・感性を磨く[令和8年5月25日]

    • [更新日:]
    • ID:17438

    メッセージ

    少し散歩をするだけで汗ばむ季節を迎えました。今年の五月はどうやらそんな言葉が不似合いな暑さですが…。額にかいた汗を乾かすように吹き抜ける薫風。乾いた風に若葉のにおいを含んで、鳥のさえずりも運んでくれます。みずみずしい新緑が目にも鮮やかに萌え立ち、生命が大きく動き出すのを実感できる季節でもありますね。春から初夏への移り変わりを楽しむことができるのは、四季のはっきりした日本の良さだと感じます。

    さて、この季節を如実にあらわした句があります。


    目には青葉 山ホトトギス 初鰹(はつがつお)

                      山口 素堂

    江戸時代前期の俳人、山口素堂(やまぐちそどう)のものです。素堂は松尾芭蕉とも交流があったと伝えられています。

    俳句は五・七・五の十七音(十七文字)で構成され、一つの句に一つの季語を入れるのを基本とし、自然や日常、感情を表現した世界一短い詩となっています。季語は季節の美しさや豊かさ、すばらしさをそのまま受け止めることができ、時間の流れを感じながら、小さな発見も積み重ねていくことができます。夏目漱石は俳句を「宇宙に散り広がる連想の世界」と評しています。それくらい奥深いものといえますね。

    この素堂の句ですが、季語を三つ重ね(季重なり:一つの句に二つ以上の季語が入ること)、さらにそれぞれを体言止め(文末を名詞・代名詞で終える)しており、なおかつ、俳句を構造化したり、リズムをつくり上げたりと、効果的な役割を持つ切れ字もありません。そして、十八音の字余りでもあります。ですからこの句は、俳句の基本といわれるものをもとには詠まれていません。ところが、この句は詠まれて400年ほどたった現代において、今もって親しまれているのです。

    大胆にこの季節の風物詩を三つ並べた句でありながら、脳裏にその情景がありありと浮かんでくるのです。浮かぶ情景は人それぞれでしょうが、初夏を迎えた高揚感とともに、情景が迫ってくるのではないでしょうか。俳句の基本に沿わずとも、素堂の感性がつくり上げた句だと感じるのです。

    次に短歌を一つ紹介します。


    ふうせんが9つとんでいきました ひきざんはいつもちょっとかなしい

                                 やまぞえそうすけ


    この短歌は、2020年10月4日の朝日歌壇(朝日新聞)に掲載された作品です。詠み人の、やまぞえそうすけさんは、なんと当時小学一年生です。

    朝日歌壇には4名の選者がいるそうですが、多くの作品が並ぶなか、4名とも同じ作品を選ぶことはめったにないことだそうです。そのようななか、この年に一度だけ4名の意見が一致したのがこの作品だったそうです。

    この作品が発表されるや、多くの人がその意味を読み解いたり、作品の背景を推察したりと、感想を含めて大きな反響を呼びました。

    そうすけさんは、算数科の学習で引き算の文章題を解きにかかったのでしょう。元の風船の数はわかりませんが、そこから9を減じる計算をしたはずです。そして、残った風船の数を導き出したことでしょう。先生から丸を付けてもらって正解。そんな光景が浮かびます。しかし、丸をもらって満足してしまっては、上記の短歌は生まれません。そうすけさんは引き算の問題を解くと同時に、いやそれ以上にその問題文に表現されている、「減っていく」「去っていく」「失われていく」ことに対し、寂しく、悲しく感じ、心が動かされたからこそこの短歌が生まれたのだと思います。算数科の問題文を読んで、何となく寂しいな、悲しいなと感じることはあっても、それをわざわざ言葉にすることはないでしょう。ましてやそこに目をつけて、自分の気持ちを短歌として表現するなんて、なんと感性豊かな小学一年生なのだろうと目を見張るばかりです。

    感性。
    広辞苑によると、「外界の刺激に応じて感覚・知覚を生じる感覚器官の感受性(ものを感じ取る力)」「感覚によって呼び起こされ、それに支配される体験。感覚に伴う感情等も含む」とされています。
    難しい説明ですが、「感じたものを自分なりに受け止めて、それをもとに創り出すこと」ととらえることができます。具体的に言えば、自然や人のやさしさ、音楽や詩、絵画等、自分の周りにあるあらゆるものが刺激となって、そこから新たに、言葉を紡いだり、絵で表現したり、また、そうすけさんのように短歌を詠んだりと創造物をつくり上げていくことが感性を磨くことと考えます。創造物だけでなく、外界の刺激を受け、自分の考えを構築していくことも感性を磨くことになるでしょう。

    私たちの周りには常に多くの刺激や刺激となり得る事象にあふれています。ありふれた日常のものであっても、見方を変えると新たな発見があるものです。いずれにしても、日ごろから多くの体験をし、どのようなささいなものであっても、刺激を受けたらそのままにせず、なぜ心に留まったのかを考えることが感性を磨くことにつながるのではないでしょうか。


    追記

    本市の一年生が使用している算数科の教科書では、引き算の文章題に「かきが13こなっています。9ことると、なんこのこりますか」というものがあります。やはり、「ああ、残りは4こか」と、寂しくなりますね。ただ、引き算でも寂しくない文章題がありました。「こあらが7とういます。おすのこあらは4とうです。めすのこあらはなんとうですか」これなら寂しくありませんね。ではこの文章題を読んで、何か心に留まったことはありますか?


    令和8年5月

    富里市教育委員会教育長 大澤 昌宏

    お問い合わせ

    富里市役所教育部教育総務課

    電話: (総務班/施設班) 0476-93-7657 ファクス: 0476-92-1421

    電話番号のかけ間違いにご注意ください!

    お問い合わせフォーム

    ソーシャルサイトへのリンクは別ウィンドウで開きます